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鳥頭奮闘記

「3歩で忘れる鳥頭」と称された管理人が送る備忘記録。人生って常に修羅場。

やりたいことがわからない人が陥っている3つの罠

 

お正月企画としてばんばんそれっぽい記事を上げている鳥頭です。どうも。クリスマスからのお正月って「なんかそれっぽい記事書きたい!」という衝動が技術をはるか彼方に置き去りにしてその辺爆走するからとても困る。早く技術も追いつけたいところだな。 

 

やりたいことがわからない、そんなあなたへ

やりたいことをリスト化してしまおう!みたいなことを書いた張本人として「我ながらなかなか無茶いいよる」なんて思っていたりする。やりたいこと、なんて早々見つからないものだと思うのに、リスト化てorzもういろいろすっ飛ばしてる感すごいから。書いた張本人ですらこうなのに、読者はもっとげんなりされたかなと。

 

この場を借りて謝罪させていただきます。めんごぜよ!!

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何を隠そう、管理人もその問いに苦しめられていた人間の一人だ。

 

「やりたいことないの?」という問いは管理人も散々されたことはあります。そのたびに相当すごくしどろもどろになっていたように思う。スラスラ答えられたとしても、それは裏で頑張って辻褄合わせたことを声に乗せているだけみたいな、自分に対して建前使っている感がすごかった。「やりたいことないの?」と質問した人に対して相当困った末に「困る」とドストレートに返答したぐらいその質問はあかん、と思わせられるものだった。

 

でも自身が今まで逃げてきた問いでもある。先延ばしにしていた問いだということは誰より自分が一番よくわかっていた。

 

だからこそ、この数ヶ月間ぐらい「やりたいこと」について考えていた。というか「やりたいことないの?」という問いになぜ答えが出ないのか、ということを考えて、答えらしきものが出た。現にやりたいことリストは出来ているし。多分答えにもなっていると思う。

 

もし、自己分析なんかの課程を経ても答えが出ないのであれば、「やりたいこと」についてある罠にかかってしまっている可能性がある。ということでなんでやりたいことがない、と感じるあなたがそう感じる原因を書いていこうと思う。

 

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「やりたいこと」のハードルをあげている

 まず、一番最初はこれ。やりたいことのハードルが高い。

 

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「(将来)やりたいことないの?」とか「(何かを捨ててでも)やりたいことないの?」とか「(何かしらの目的があること前提に)やりたいことないの?」という感じで質問される側が勝手に質問を大きくしてしまうんだな。

 

なぜか一大決心を問われたような気がしてしまうのは、解釈の仕方に問題があるようだ。「やりたいことないの?」という質問だけなら「おなかすいたので何か食べたいですね」という回答でも会話上問題はない。けれどそうさせない理由が自分の中にあるのだ。「何かしっかりした回答をしなければならない感」が恐らくこの問いが苦手なゆえん。

 

「好きなこと」に条件をつけている

次はこれ。勝手に「やりたいこと」に条件をつけているパターン。

 

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「やりたいこと」を考える上で一番多いアプローチ方法は「好きなことから考える」ことだ。好きなこと=やりたいこと、という認識はどうもあるらしく。両者はセットで聞かれることが多い。しかし、聞かれた側としては結局またいろんな言葉を補ってしまうようだ。

 

「やりたいことないの?」

鳥頭「困る」

「じゃあ好きなことないの?」

鳥頭「困る」

・・・鳥頭に会話を成立させる気がないのが問題ですね。

 

なんで困ってしまうのか。

「やりたいこと」を前提に聞かれる「好きなこと」には様々な条件が加算されてしまうからだ。仮にもしこれが「何か好きなことないの?」といきなり問われたなら「ゲ、ゲームが好きですね」とおっかなびっくりしながらも答えると思う。「やりたいこと」を前提に聞かれる「好きなこと」には様々な条件が加算されてしまうから。

 

(なんの前触れもなく)

「好きなことないの?」

鳥頭「深夜の散歩」

・・・答えていることは変ですが、「困る」とはならないかもね。

 

「(四六時中やっていたいほど)好きなことないの?」「(仕事にしても苦にならないほど)好きなことってないの?」

みたく聞いてもいないのに条件をつけてしまう。歩くのが好きな人でもさすがに何時間も歩いたら「もうむりぽ」ってなるし。食べるのが好きな人でも「いや、仕事でやるのとはちょっと違うよな」ってなる。

んなこと聞かれてないんだよ。つかだいたいのことは24時間やってたらしんどいんだからな!そんな前提条件に当てはまるものないんだからな!

  

合理的でなければいけないと思い込んでいる

 最後はこれ。やりたいことがあるけれど、それが我ながらむちゃくちゃな気がして言えないケース。これは地味に多いかも知れない。

 

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例えば、あなたが大学で化学を学んでいるとして。同時に「いつか小説を書きたい」という「やりたいこと」があったとする。あなたはそれをすんなり周りの人に言えるだろうか。どこかに「お前めっちゃ進んでる方向理系やけどww」みたいなこと言われるんじゃないか、そういう考えがちらつきませんか?

 

今やっていることと、やりたいこと。それらが全然違う方向にあるとき、人は合理的な方を選択してしまう傾向がある。「なんちゃらの研究がしたいな」と言われた方が人に納得してもらいやすいだろう。

 

そんな感じで「自分のやりたいこと」と「人に納得してもらうこと」を結びつけてしまうんだな。

 

最近上司(犠牲者)から指摘されてショックだったのは「鳥頭ちゃん、自分にも建前で生きてるよな」と言われたこと。「人に納得してもらう」ことがいつの間にか「やりたいことであるべきだ」という思考に無意識になってしまったのだろう。「やりたいこと」を今の自分に合わせて加工して、染色して。残っているのは最初あったはずのものとはかけ離れた「やりたいこと」だった。だからどこか違うような気がしていたんだろうな。

 

「やりたいこと」は「かくあるべき」という考えから開放されてみえるもの

 ちゃんと言葉を受け取ることって考えている以上に難しい。勝手に意味をつけてしまったり、何かに囚われてちゃんと自分に向き合えず答えがでなかったりする。

ちゃんと考えることも難しい。「かくあるべき」という思考によって本音は加工され、建前に変わってしまうから。他人になら「なんかこの結論無理して出してる感あるな」と感覚でわかることも多い管理人だけど、自分のことはほとほとだめ。それは無意識に納得できる「やりたいこと」を探しているからかもしれない。

 

ももっと考えることはシンプル。ちゃんと自分と向き合えているならば答えはちゃんと出てくる。だから本当に必要なのは自己分析を突き詰めてやることなのかもしれない。ぶっちゃけそこがしっかりできていれば「やりたいこと」は出てくる、そう思う。

 

「やりたいことないの?」という問いに、責めるようなニュアンスを感じるならば、それは上に書いた三つの罠にはまっているのではないだろうか。今一度考えてみてはいかがだろうか。

 

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