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鳥頭奮闘記

「3歩で忘れる鳥頭」と称された管理人が送る備忘記録。人生って常に修羅場。

障害は個性か否か~発達障害の我が子を消したい~

最近になって匿名ダイアリーによく目を通している。いろんな人の声にもっと耳を傾けなきゃいけないなという使命感だったり、単なる好奇心であったり。容赦ない吐き出すような言葉の中に宿るものを汲み取ること、それに意義を見出したいだけなのかもしれない。うん、あんまり「なんで?」っていうところはわからない。

 

そうやってうろうろしている中で、ふとこんな記事を見つけた。

 

anond.hatelabo.jp

 

最近良く見た記事について言及した気がするなとも思う。。内容被ってしまうかもしれないけれど、またちまっと考えていく。

あんまり結論の出ない記事になるかもしれない、わかんない。とりあえずそのへんご了承お願いいたします。

 

www.abaretoriatama.com

 

発達障害のこどもを持つ母親が書いた匿名ブログだ。読んでいて少しからだのどこかが痛くなった。この痛くなった場所が心なのかななんてぼんやり思う。コメントの大半が母親に寄り添うようなコメントで少し救われたような気がした。なんだ、日本いいとこもあるんじゃん。

 

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障害は個性なのか。

なんか、頑張って障害を乗り越えようとしている人に対して「障害も含めてあなただから」とか「障害は個性だから」みたいな言葉を投げかける風潮があったなと思う。どれぐらい前とか、今も実はそうなのか、とか全くわかんないけど。

 

「無責任」

頭に浮かぶのは漢字三文字。キレイゴトの裏にはいつもそんな言葉が隠れている。

 

管理人の妹は現在養護学校の教員を目指して、勉強している。実際ボランティア活動にも参加して、人とふれあいながら「人と関わること」について真剣に考えている彼女にはいつも刺激をもらっている。わが妹ながらその姿は尊敬にも値すると思っている。直接は言わないけど。

 

そしてそんな妹から重度の障害を持った人たちへの教育について、いろいろ話してもらう機会がある。そんな中話題に上がったのは「個性」というキーワードについてだった。

 

生まれてきたのに死を願われる子供ってなんなんだろう。一番願いたくないはずのことを願う親ってなんなんだろう。それを個性だからと背中を叩く風潮ってなんなんだろう。

 

こちらに意見も答えも求めない問いに口を閉ざすしかなかった自分がいる。

 

 

障害をもつ子供の親からしてみれば、世間ってどんな風に映るのだろう。

ちゃんと生きたくて、一生懸命やって、報われなくて、辛くって。一生懸命生きた結果、死ねば、殺せば楽になるという結論に行き着くまで頑張って。世間はそれを個性という。

 

なんなんだろう。それ。

 

「個性」って何。

 そんな代物のためにこの人たちはこんなに辛いんだよな。

「個性」っていうのは自分の背負う十字架なのか。

そうでないなら一体なんだ。

 

 

わからない。

ただ、ひとついえるのは自分はそんな人たちに「個性」を押し付けるのは嫌だな、ということ。

 

もしかしたら「個性」という単語を汲み取る力がないだけかもしれないけど、それでも「個性」だと押し付けてしまうよりも、私はその人たちからの叫びに対して真っ直ぐ向き合う人でありたいな、なんて。

 

ちゃんと聞く。同調も助言もできないし、「わかる」なんて絶対いえないけど。最後までちゃんと聞く。下向いて、躓いて、もう立ち上がれないほど傷ついた人たちに対して、「励まさないこと」「ただ待つこと」。これが、俯いてしまった人が再び前を向くまでできる唯一のことな気がしてる。

 

本当に苦しいとき綴った言葉に、肯定も否定も同調も、するべきじゃない気がしてる。わかんないけど。

 

 これも「無責任」だな。キレイゴトかもな。ぶっちゃけどうしたらいいのかわかんないっぽいな。それでも、今の自分に出せる最大限の結論がこうなのかもしれない。具体的な活路を見出すだけが解決じゃないこと、なんとなくわかる。難しいな。わからないなりにもう少し考えてみたいなって思う。

 

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