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鳥頭奮闘記

「3歩で忘れる鳥頭」と称された管理人が送る備忘記録。人生って常に修羅場。

考え方を少し変えたら友達関係のストレスが格段に減った

 

誰にもあんまり共感されたことないんだけど「友達」って言葉を怖いと感じます。

 

 日常会話でも「昨日友達と~」「そういえば友達がさ~」みたく、ライトに友達って言葉使いますよね。怖いとか言いながら、このブログでも「友達」という単語を使って記事を書いたこともあります。
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「他人だけど近しい人」という意味で軽ーく使ってしまうこの言葉。便利と表現して差し支えない単語だと思うけど、利便性が高すぎてたまに人間関係に支障が出る。そんな怖い言葉だと思います。

 

共感してくれる人っているのかな。と思いつつながらも今日のテーマは「友達」です。人間関係で悩む人の参考になれば嬉しいです。

 

 

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友達って何?

人間関係っていろんな名前がありますよね。親とか兄弟とか家族とか、血縁にまつわるものや、上司、部下、同僚のように社会関係を示すもの。さらに、幼馴染やツレなどなんかよくわからないもの。

「友達」は最後の「なんかよくわからないもの」の一種です。

 

グーグル先生によると「同等の相手として関わっている人」と定義されています。

ちなみにSiriに友達って何?と質問すると困ってくれます。

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日常便利に使えるようにという心遣いか、ふわっとした定義になっています。

「友達」の定義って一度はみんなが考えるけれど、ちゃんとした定義ってないんですよね。

 

その現状は、あえてあやふやにしているようにも見えますし、誰もが怖がってちゃんと定義できてないようにも見えます。

それを定義してしまうことで何かを失うような感覚はわからないでもないですね。友達の定義をとことん考えていくと恐らくポジティブな結果は出ないんじゃないかと思います。

「友達って何?」っていう問い自体がパンドラの箱を開く行為なんでしょうね。Siriは社会のことわかってる。

 

友達という言葉の怖さ

同じ言葉を使っているのに、人によって意味がまちまち。日本語にはよくそんな言葉があります。「友達」って言葉も然り。その類の言葉の怖いところは、齟齬が発生する点です。

 

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人間関係の綻びは、お互いが言葉にしない部分の齟齬が原因であることが多いです。 

 

カップルの別れの引き金になる「もっと構って欲しかった」とか「疲れているときは連絡を控えて欲しい」などの小さな揉め事も、実は「恋人」の定義に齟齬が生じたことが原因です。

 

恋人への不満はなぜ生じるのか。それは「恋人ならばこれぐらいはしてくれるよね」と暗黙に求めるところにズレが発生しているせいです。これを「価値観の違い」と認識し別れる人がまあ多いこと多いこと。もしかしたら読者の皆様も身に覚えがあるかもしれませんね。

 

以前、同期の女の子が「彼氏がLine返してくれないと、付き合っている意味がわからなくなる」と言っていたのを口開けたフナみたいな顔で聞いてた鳥頭です。「一日一回は連絡をとらなきゃ付き合っていると言えない」っていう前提はなかなか共有できないんではないかいな。。とおっかなびっくり主張したけどむしろ「友達じゃないんだよ!こちとら付き合ってんだよ!必要だろうが!こういうところ!むしろ大事だろうがよう!!」とアツく撃退された思い出を鮮明に思い出しました。

いくら謎理論であろうとも、片方が常識として認識していれば齟齬の原因となるんですよね。ちなみに鳥頭はたまに家族から孤独死を疑われるぐらい連絡を返さない子です。ごめんち。

 

ただ、恋人の場合は「付き合う」という契約(?)にのっとっているからまだ齟齬を埋める機会があるんですよね。付き合うという契約をした手前、納得するまでぶつかり合うこともできるし。

簡単には価値観の溝は埋まらないかもしれませんが、感情で結びついた関係である以上、ちゃんと膝を詰めて話ができることは強いことだと思うんですよね。

 

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「友達」の場合、「友達になってください!」とはならなりません。だいたいはなんかわからんけど、いつの間にかつるんでいた。というルーズな始まり方をします。何の拘束力もない関係ということもあり、齟齬を埋める機会がなく、すれ違いが生じやすいです。

 

さらに「友達」の定義の齟齬は、強制的に統一することはできないんですよね。

 

女子でありがちですが、小集団を形成し「このグループにいるなら連絡は三分以内に返信な」とか「移動教室では一緒に移動しないと友達じゃない」とかいろんな条件を作ってしまうところがあります。「友達たるもの~」と自分達でルールを明文化してしまい、齟齬を解消しようという試みです。管理人の学生時代は、仲のいい子同士で「2子1(にこいち)」とか独自に名前を付けて集団意識を高める風潮がありましたね。

・・・にこいちとかwさんこいちとかww今はそんな言い方しないかなwww

 

そうやって帰属意識を独自に植え付けた集団って、全然長持ちしないんですよね。クラスが変わったらまた違う子と「にこいち!」とやらかしている。そんな光景を多く目にしていました。

 

それぞれが持っている「友達」の定義が違うにも関わらず、それを無視し、無理矢理上書きしても結局無理が出てきます。齟齬があるものを押し付けあって、表面上だけで統一感を出しても、何も埋まらず、そればかりか軋轢にもなりえます。

 

人間関係に付く名前の意味

突然ですが、なんで人間関係には名前が付くのだと思いますか?

 

人間関係に名前がつくそもそもの理由は、それぞれが社会的に担う役割をはっきりさせることができるからです。

「親」は「子供」を育て、社会に出すことが仕事。「上司」は「部下」に指導することが仕事。そんな風に肩書きって、人の役割を固定するものなんですよね。

「親」や「上司」に役割があるのと同じように、「友達」が担う役割ってのが実はちゃんとあるんです。

 

ところが、それは人によって全然違う。「話を聞いてくれること」と考える人もいれば、「一緒に遊びに行くこと」と考えるもいる。さっきから書いているように「友達」の定義がばらばらである以上、すべての人にとって「100点満点の友達」であることは不可能です。

 

友達を「友達」と認識している限り、齟齬はなくなりません。話し合って齟齬を解消することもできるかもしれませんが、それも一部の人だけです。

たとえ解消できたとしても、人は変化します。社会人と学生との境目に大きな変化があるように、いくら共通の認識を持てたといってもその人が同じ価値観を持ち続けるとは限りません。「友達」に関する悩みは、友達がいなくなるまで続きます。 

 

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ならば、もう「友達」で悩むことはやめましょう。

あなたの大切な人を「友達」から解放してあげましょう。

 

「友達」としてではなく「私とあなた」という独自の関係性を築くこと。

人間関係に名前をつけて、相手を拘束しないこと。

お互いが完全に自立し、かつ自由な存在であること。

 

これは管理人が自分に課していることでもあります。

 

友達とすれ違った話

管理人には昔、相方と呼ぶべき友達がいました。それなりに深い話もしたし、夜な夜な酒盛りもしたし、いろんな場所へも行きました。仲がいい、と表現するのも余所余所しい気がするぐらい、気が付いたら空気のようにそこにいるような存在でした。・・・その段階ではお互いが確かに「友達」だったはずです。

 

けれどいろんな出来事を経て、一年ぐらい経ったとき管理人とその友達との関係は大きく変化してしまいました。いろんな人と出会って、いろんな価値観に触れて、気付かぬうちに少しずつ、二人は変わっていったのです。

過去と未来を一本の線で結ぶものが成長と呼ぶならば、私たちは確かにお互い成長していました。それは本来、互いに望ましいものだったはずです。それでも、相方は管理人の進化を退化だと表現し、管理人は相方の価値観についていけなくなってしまいました。

 

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それからまた言葉を重ねあって、運よく今も繋がってはいますが、またお互いを理解しあうまでに一年という時間を要しました。結構苦労したと自分では思います。多分、相手も「こんの頑固者があああ!」って何度も思ったことでしょう。

 

お互いの変化を考慮せず、「友達」という概念に互いを拘束しあっていたんですね。

相手に対していろんなことを求め合っていたし、逸脱を許さなかった。人は変化するものなのに虚像ともいえる幻覚を押し付けあっていた。相手を見ず、相手の幻に依存していた。

 

「友達」としてではなく「私とあなた」という独自の関係性を築くこと。

人間関係に名前をつけて、相手を拘束しないこと。

お互いが完全に自立し、かつ自由な存在であること。

以上に書いた項目は自分が大事なものを失いそうになったとき立てた誓いです。もう同じ過ちを繰り返さないための決意です。

今あなたが無理をして、何かを失いそうであるならばそれを未然に防ぐことができる概念かもしれません。

 

 もし、今「友達」で悩んでいる人がいるなら、何かの参考になるとうれしいです。

 

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