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鳥頭奮闘記

「3歩で忘れる鳥頭」と称された管理人が送る備忘記録。人生って常に修羅場。

なんで勉強しなきゃいけないの?と思う人読んで欲しい本~手紙屋 蛍雪扁 私の受験勉強を変えた十通の手紙~

 管理人の一族の間で細々と受け継がれている書籍があります。

それがこれ。手紙屋。

 

一族の中では、高校受験のときと大学受験のとき。それぞれ二回ずつ読む書籍。

受験をひたえた女子高生、和花ちゃんが「手紙屋」とのやり取りの中で「勉強」とはなにかを考えていくという半分エッセイ、半分小説のような不思議な書籍。

 

あらすじはこんな感じ

主人公の和花ちゃんは、部活に励み、バンドをし、勉強に悩む日々を送る普通の女の子。大学進学を考える中で、どうしても勉強に身が入らない、モヤモヤする。そんな悩みをもったごくごく普通の高校生。

悶々とした日々を過ごしているときに和花ちゃんは『手紙屋』を紹介されます。

『手紙屋』との十通の手紙のやり取りの中で、『勉強とは何か』を考えていくお話。

 

「勉強がやりたくて仕方なくなるまで、勉強をしないでいてください」

そんな助言からはじまるやり取りの中で本当の「勉強」とは一体なにか。手紙屋と和花ちゃんの文通がはじまります。その発想はなかった、と何度も思わせてくれるようなそんな素敵な本。

 

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勉強って本当にしなければいけませんか?~勉強して得られるものって一体何?~

「勉強は道具」。本書で何回も繰り返されている言葉です。

 

学生の頃から「今勉強していたら幸せになれる」とか「将来困らないために勉強しなさい」みたいなことを言われていたけど、勉強ってそんな絶対的なものではないんですよね。

 

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その言葉に忠実に従って、難関校に進学してもそこでいじめにあって不登校になったり、全然勉強なんてしなくても楽しく生活している人がいたり・・・。ほれみろ、今頑張ったところで幸せになれる確証なんかないじゃないか!と子供たちに突っ込まれて、屁理屈ならべている暇があったら勉強しろ!と逆ギレする大人の構図って珍しくないと思うんですよね。この本では永久に思われたその課題に対して答えを出してくれています。

 

勉強は、ナイフやコップといったような道具のひとつでしかない。

 

違うことといえばナイフという道具は切ることしかできないのに対して、勉強という道具は非常に多くの使い方ができる道具だということ。逆に言えば、下手な使い方しかできないのであれば、手放してもいいものだと「手紙屋」は言います。

 

勉強して得た知識で誰かを傷つけることが出来る。誰かを嫌うことも、憎むことも、殺すこともできる。それらはすべて「勉強」という道具の間違った使い方。多くの結果をもたらすことができるからこそ「何のためにそれを使おうとしているのか」が重要だと「手紙屋」は言います。

 

何も意識をしないで勉強という道具を使い続けていたら、いつの間にか人の気持ちがわかるようになっていました、なんて具合にはいかないでしょう。最初から「人の気持ちが分かるために道具を使おう」と考えて使い続けてこそ望みのものが手に入るのです。

 

これが本書前半あたりのお話。「その発想はなかった!」と引き込まれるかのように「手紙屋」の言葉に引き込まれていきます。

そしてさらに「手紙屋」は和花ちゃんに宿題を与えます。

 

「それでは勉強という道具で一体何が手に入りますか?」

 

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みなさんも考えてみてください。大学生活?知識?知恵?達成感?成績?それだけですか?他には?

 

その後の手紙でその答えに関して答えあわせがありますが。ここから先は本書にお譲りします。

 

 

勉強するとはどういうこと?~勉強のやる気を一過性のものにしないため必要なものとは~

「勉強する」というとみなさんはどんなことを思い浮かべますか?英語、日本史、数学という教科か。それとも暗記することとごっちゃになっているか。はたまたテキストの問題を解くことと同義になっているか。イメージすることはばらばらだと思うけど、日本人の大半はそこに「苦」をちらつかせるのではないかな、と思います。

 

「勉強しなさい」と周りの大人に強いられてきたからかもしれないし、机についてノートを埋めていく行為が辛かったかもしれない。そこもそれぞれだと思うけど「手紙屋」はそのイメージに待ったを掛けてくれます。

 

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今、人間という生物は地球上で最強の生物として君臨しています。その理由はなんだと思いますか?人間だけにできて、他の生物にはできなかったことはなんでしょう。

 

それは人間が、先祖から経験を学び、知恵を得て自分のものにすること、つまり「勉強」という道具を使うことができた唯一の生物だったから。

「手紙屋」は本書の中で「勉強すること」をこう定義します。

 

今まで地球上に存在していた人々が経験し、発見しては次の世代に伝えてきた素晴らしい知識や知恵を、今度は自分が受け継ぎ自分のものにすること。

 

言われてみれば、自分よりはるかに優秀な頭を持った数学者が、一生かかって編み出した定理。それを数分の説明で理解できることってすごいことじゃないか。ものすごい効率の上に成り立っている勉強って実はやばいんじゃないか。

義務教育だけ見ても、9年分の教科書。これには何人分の「一生」が入っているんだろうか。そんなことを考えると理由のない「やばい感」が心の中を走り回ります。

 

というかこの手紙が来ている間、和花ちゃんは勉強お預けを食らっています。ネタ晴らしすると次の手紙で「勉強したい」と申告していますが、まだお預けを食らってます。そろそろ寸止めかわいそうよ手紙屋さん・・・

 

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そんな中「手紙屋」は勉強したい気持ちを一過性のものにしないようために、とあるお話をしてくれます。

 

やる気があったのにいざやってみると続かない。

最初はあれだけ燃えていたのに、今はどうにも身が入らない。

 

それは「あるもの」が欠けているからこそなる現象だそうです。そのある現象とはいったい何か・・・。

 

ここから先も本書に委ねることにしよう(ドS笑み)

 

これから受験を控える学生さんはもちろん、子供を持つ親御さんや、社会人の方にも広くオススメできる書籍です。

「勉強することで何が手に入るのか」「一過性のやる気に欠けているものとは」これが知りたい人は本書を読んでみてね。

 

 

www.abaretoriatama.com

 

 

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