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鳥頭奮闘記

「3歩で忘れる鳥頭」と称された管理人が送る備忘記録。人生って常に修羅場。

「勉強はしんどいもの」という認識を変えてくれた先生からのことば

 

簿記の勉強はしんどいの?その疑問に答えられない理由

Q、簿記の試験勉強ってしんどいですか?

簿記2級を取得したことをカミングアウトすると、こんなことを聞かれます。

 

A、まあしんどいっちゃしんどい。でもそこまでしんどくないと言えばしんどくない。

そんな感じの煮え切らない解答をしてしまう管理人です。これに関しては本気でなんて答えたらいいのかわからない。何時間ぐらい勉強したか、とか難しかったところはあるかとかそういったことなら答えられるんだけどな。

 

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「そこまでしんどくないよ」と管理人が言えば多分その人は簿記やってみようかなとか思うのかもしれない。「めっちゃしんどかったやばかった」と言えばやめておこうと思うのだろう。解答にしどろもどろになるのは。こちらのフィーリングだけで判断をしてほしくないと思うから、ってのもある。主観だからそこまでの責任は負いかねる!っていうのが本音(大袈裟)。けれど、しんどいならばやりたくない、だから聞く。そう思う気持ちも理解できる。

 

管理人も学生の頃は勉強がしんどくて面倒で仕方なかった太刀である。特に高校の頃なんて勉強のしんどさから逃避するように部活に打ち込んだ。勉強の進度はめちゃくちゃ早いけど、そんなことどうでもよくて、とにかく勉強しない理由をつくりたくて部活に励んだ。

 

そんな勉強嫌いの管理人。どこにでもいる高校生(希望)だった自分に「勉強=しんどい」という図式は成り立たないと教えてくれた一人の教師がいる。

今回は、勉強がしんどいと思うすべての人に「勉強=しんどい」というわけではない、というのを伝えたくて書く、そんなお話。

 

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「イメージ」しながら勉強せよ。勉強嫌いの高校生を変えてくれたたったひとつの言葉

 その先生は高校の英語の先生だった。ちょっと他の先生と違った職人っぽさを漂わせたりしていて、生徒から好かれるよりも嫌われることのほうが多かった。英語の授業に関しては「同じことを二度言わせるな」のスタンス。紛れもなく厳しい先生だった。

 

そんな先生が、管理人は好きだった。教科書をめちゃくちゃ脱線して、どんどん出てくる雑談が興味を引かれる言葉ばかりだったこと。そして先生が話すことが、誰かが言ってたことではなく、自分自身の言葉だったこと。中途半端な優しさや思いやりが一切なかったことが好きだった理由。管理人の高校はガチガチの進学高だったため、生徒をテストの点数でしか評価しない教師の方が多数派だった中で「お前ら幸せになれ!それに必要なら勉強しろ!絶対後悔すんな!」と。高々に主張していた先生は明らかに異質だった。異質だったからこそ、貫くには意志がいる。そういうところが好きだった。

 

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その先生が教えてくれたこと。

「イメージすること」それだけだ。

 

 英語の長文読む中で、北極点を目指す探検隊のことが書かれた文章を読んでいたときのこと。『北極点を目指し3000メートル級の山をいくつも越えていきました』という英文を訳したあと。

 

先生は言った。「お前ら、イメージしろよ」と。

 

「ここにはさらっと『北極点を目指し3000メートル級の山をいくつも越えていきました』とだけ書いてるけど、お前らイメージできてるか?人類が誰も到達してない未開の地に、目印もない一つの点を、ほんまに文字通りの点でしかないものを求めてやで。3000メートル級の山、富士山をいくつも越えていく。地球で一番二番の極寒の地でな。ほんまにイメージできてるか?その探検隊のメンバーの中に倒れたやつがおらんかったやろうか。減っていく食料見ながら、消耗していく体力を自覚しながら、何を思ってたんか。そんなことをイメージしながら読んでいけよ。個人的には長い人生みたときこんな文法とか単語よりこっちの方が大事やと思ってる」

 

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高校のときの記憶って実はあんまり覚えてない。部活とか打ち込んだことは覚えているけど、担任の先生のことだとか、クラスメイトのこととかはびっくりするほど記憶にない。もともと思い出すことが苦手な性質ではあるけれど、本当に忘れてる。そして対称的にこの言葉だけは綺麗に記憶に残っている。まるでこの言葉を記憶に残すために他の記憶がなくなったみたいだ。

だからこそ、何度も自分に言い聞かせられた。イメージしろ、と。

 

イメージすることによって得られたこと~暗記だけが勉強じゃない~

「イメージする」これが勉強に及ぼす影響は計り知れない。そのことに気が付くのに時間はかからなかった。

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「イメージする」ためには頭を働かせなければならない。頭を働かせることによって、疑問や関心を情報に対して持つことができる。そこでやっと「情報」が「知識」としてインプットされる。単に「情報」を暗記するだけでは「情報」はあくまで「情報」のまま。

 

個人的な解釈も込みになるけど、ここでいう「情報」とは世の中にあることすべて。朝何時に起きたとか、794年に平安京に遷都されたとかも全部情報。

ここでいう「知識」とは、知恵を生み出せるもの。自分の中に情報を落とし込み、思考する材料とできる情報を「知識」と呼んでいます。完全な自己解釈。

 

 

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例えば「包丁」という情報に対して、暗記してしまえば「情報」のままインプットされる。特にそれ以上になったりそれ以下になったりすることは特になく、多分忘れていくことになると思う。 

 

一方「包丁」をイメージし、「知識」とした場合。「情報」をイメージすることで多くの映像が脳裏に浮かぶことになる。凶器として認識したり、料理する道具として考えたり、作り方に思考をやったり。そのへんは様々だとは思う。けれど次に包丁という情報を認知すると「あぁ、あの切る道具ね」と用途に応じた反応が出来る。もしくは「これ包丁があれば切れるかな?」という風に「知識」として知恵を生み出せる。自分の立派な財産。

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具体的に授業中にイメージしてみた具体的なこととして。

 

例えば日本史。全部同じようなものだと無理矢理頭に叩き込んでいた仏像の名称。その表情に若干の差があることに気が付いた。流行り廃りか?それとも何か意味があるのかとその時代の人々の暮らしに目を向け始めたり。

 

例えば古文。「ゆゆし」という古文単語の意味。「恐れ多い、不吉だ、甚だしい、すばらしい」これが一つの単語の意味だったことに触れて、何か古文単語ってプラスの意味とマイナスの意味をそれぞれもった単語が多い気がするけどなんでだ?と考えたり。

 

例えば地学。エルニーニョ現象とかラニーニャ現象って今はちゃんと理屈で説明がついてるけど、これ昔は生贄を出してどうにかしようとしていた民族もいるだろうなとか。もしかしたら今もいるんじゃないのかとか考えたり。

 

例えば簿記。貸方、借方について知ったとき。預金通帳はこれを元にして書いてるんだな!でもなんで左が借方で右が貸方なんだろう。つか日本語的に意味がわからないけどこれ一体なんなんだ?とか思ったり。

※これに関しては調べた内容を含めて記事にしてます。

www.abaretoriatama.com

 

暗記するだけ、覚えるだけだと思っていた「勉強」が、「なんでだ?」という言葉を挟めるようになり少しだけ表情を変えた。テストの点数だけを目的とした場合、目の前のことを淡々と覚えていくほうが確かに効率はいいのかもしれない。テストに出るところだけを勉強して、あとはわかったふりをしておくことが賢かったのかもしれない。

 

けれど「イメージしろ」そういわれてからやってみた勉強が少しだけ楽しくなって。あれだけ無気力だった勉強に対して自発的に動くことができるようになったことがうれしくて。気が付けば今もこうして同じ言葉を自分に言い聞かせ続ける。

 

勉強がしんどい!そう思ったときに言い聞かせて欲しい言葉「イメージしろ」

「勉強=しんどい」という図式は成り立たない。

それが成り立たないからこそ、テレビをつけたら知識欲を刺激する番組にすぐにかち合う。学ぶことが好きという素質自体は多くの人がもっているのだろう。肝心なときに発揮されないように自分で自戒しているだけで。

 

「簿記の勉強はしんどいか」という問いには答えない。「イメージしたらしんどくない」みたいなこともいえない。興味ないことは興味ないからね。それは適正もあるから仕方ないこと。

 

けれど「勉強すること自体がしんどいか」と聞かれたら「んなことないと思うで?」と解答する。しんどいのは勉強じゃなくて、「情報」を無理矢理頭に叩き込む作業。うん、こんなもん誰でもしんどい。 

 

勉強がしんどいと思う多くの人へ。

みんな「イメージしろ」何か変わるかもしれないから!

 

 

この記事を書くにあたり、どうしてもありがとうって言いたくて、先生に電話しました。自分に対してけじめをつける意味もあったりする。長い時間かかって通話ボタンを押した。おう、元気してたかと帰ってきた一言で懐かしくなって泣いた。お礼をちゃんと言えたことで心が大分軽くなった。この場を借りてもう一度。先生、ありがとう。

 

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